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言わなくてもいいことを言いたい

今週のお題:高校受験の話

今週のお題「受験」

 

中3。初めて同じクラスになったS君に、1年間 片思いしていた。

 

わたしの住む地域の当時の高校受験制度は、前期試験、後期試験と2種類あった。

前期試験は面接と書類審査、前期で落ちた人は後期試験で筆記試験を受けるというシステムである。

 

つまり、面接と書類審査で受かってしまえば、筆記を受けなくても高校に入れた。そのため、敢えて学力のランクを落として安全圏の高校を選び、面接だけで楽に高校受験を終わらせようとする人がかなりいた。

 

わたしはといえば、いろいろな条件を考慮した上で、ランクを落とさず、かといって上を目指すわけでもなく、無難なT高校を選んだ。そして肝心のS君の志望校がどこなのか、勇気のないわたしは聞き出せないまま、時は過ぎていった。

 

S君のことが好きで好きでたまらなかった。毎日彼のことを考えていた。学校は嫌いだったけど、彼に会えると思うとそれだけで毎日頑張れたし、夏休みが憎いほどだった。でもその時のわたしは、自分に自信がなくて、地味で、わたしなんか無理だって思っていた。でも、S君のことを好きだと思う気持ちはわたしの自由だから、こっそり好きでいられればそれで良いと思った。

 

進路希望用紙の提出の日。

先生に用紙を提出しにいくわたしを捕まえて、S君が「これも出しておいてよ」と自分の用紙をわたしに預けてきた。こんな奇跡みたいなことがあるのかと思いながらも、わたしは素知らぬ顔で「いいよ」と紙を受け取り、提出しにいく途中でドキドキしながら彼の用紙を盗み見た。

 

E高校。

 

彼の学力はおそらくわたしと同レベルだったが、彼は敢えてワンランク落としてE高校を選んだのだった。わたしだって、たぶんE高校なら面接だけで受かるし、楽に終わらせたいという気持ちで 正直 E高校も悩んでいたこともあった。やっぱりE高校にしておけば良かった。少し後悔したけど、なぜかまだ望みがあるような気がしていた。S君が急に心変わりするかもしれない、なんてありえないことに淡い期待を抱きつつ、1月になった。

 

前期試験。彼はやっぱり、E高校を受験した

そしてわたしは、T高校の面接を受けた。

 

結果発表の日。快晴の空。自分の結果を確認したら、担任に報告するため学校に戻るというのがその日の手順だった。

 

わたしは落ちていた。

帰り道、泣きたい気持ちだった。試験に落ちるというのはこれほど不愉快で絶望的なものなのかと思いながら、電車に揺られた。そして、彼はどうなっただろう、とずっと考えていた。

 

中学校に戻って、教室で待つ担任の元へ向かった。クラスのみんなは まだ誰も戻ってきていないようで、わたしが一番目の報告者だった。一番目から残念な結果で情けないな、と思いながら言った。

 

「落ちました。」

 

先生は下を向いて「そうか」と言った。そして、

 

「最後までがんばれよ。」

 

と、わたしを見て言った。

先生とわたしだけの教室にしばらくの沈黙が流れた。「帰ります」とわたしが言ったその瞬間に、教室のドアが勢いよく開いた。

 

「受かった!」

 

高揚を抑えきれない様子でそこにいたのは、S君だった。

 

「おめでとう」と、先生は言った。

そして、彼はわたしに気づいて「どうだった?」と聞いた。

 

わたしは残念な顔をして「落ちた」と言った。でも本当は、笑いたかった。

だって、このタイミングでS君に会えるなんて奇跡だから。自分の結果よりも、S君の結果よりも、今ここでS君に会えたことの喜びが溢れないようとどめるのに必死だった。なぜか全てが報われた気がした。わたしは一生懸命、悲しい顔をした。

 

これが恋だ、と思った。

 

「良かったね」と、わたしは彼に言った。

おめでとう、とは言わなかった。どうしてか言えなかった。

 

2人で教室を出た。2人で廊下を歩いた。

 

「後期がんばれよ。お前なら大丈夫だよ」

 

S君はわたしを見て言った。

 

「ありがとう」

 

その瞬間に気づいた。

わたしは落ちた。彼は受かった。決まってしまった。

泣きそうになった。もう、この思いが終わってしまう。

ずっとこのままどこまでも2人で歩いていきたい。もっとずっとこのまま2人だけで話していたい。

 

下駄箱で、わたしの友達がわたしを待っていた。わたしとS君は校門で別れた。

 

泣きたい気持ちをぐっとこらえた。もう涙は落ちそうになっていた。

友達に ばれないように、今度は必死に笑った。

 

家に帰ったら誰もいなかった。

自分の部屋に入ったら、ダムが決壊したように涙が流れてきた。

声を上げてわんわん泣いた。

 

悲しいのは、自分が受験に落ちたことではない。

彼ともう会えなくなること。毎日同じ教室で過ごしていた日常が日常ではなくなること。おめでとう、と素直に言えなかったこと。どうしてわたしはE高校を選ばなかったんだろうという後悔が、ひたすら頭の中に渦巻いた。

 

穏やかな午後の日差しが部屋の窓からさしている。

その日向で、わたしはずっと泣き続けた。

 

 

実のところ後期試験で志望校を変えることも可能だった。が、わたしはそのままT高校の筆記試験を受けた。そして、合格した。

 

「お前なら大丈夫だよ」

 

S君の言葉が宝物みたいに、ずっと心の中で光っていたから。

 

 

 

 

片思いは、楽しくて、つらい。嬉しくて、苦しい。

取り戻せはしないけど、いつでも心の中から取り出せる。

 

これがわたしの、受験の思い出。