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言わなくてもいいことを言いたい

私をくいとめて

 

 

生活にどうも行き詰まった時に、綿矢りさの小説を読んだりするのが好きです。綿矢さんの小説はわたしの癒しです。今回はじめて読んだ「私をくいとめて」はナスコ的 綿矢りさ作品ランキングの、かなり上位にランクインしました。

私をくいとめて

私をくいとめて

 

 

 

どれを読んでもそうだけど、どうしてこの人はわたしの思ってることをここまで上手く、まっすぐ代弁してくれるのだろうと思います。毎度、不思議でなりません。おこがましい話だけど、綿矢さんもきっとわたしと同じような思考パターンを持っていたり、同じような気持ちになることがあったりするんだろうなぁって勝手に思ってます。綿矢さんは感情描写に重きを置いた作品を書かれるのですが、それはもはや主人公の感情というよりも、半分エッセイを読んでいる気もしてきます。

 

 

主人公は33歳の独身OL。お金あり、恋人なし。ミニチュア収集が趣味で、ちょっとした特殊能力を持っています(笑)ファンタジーではないですけどね。独りでいることの幸せと寂しさの間で揺れまくっている、いかにも!いかにも綿矢さんが描きそうな人物!とわたしは勝手に思っています。

 

以下は、わたしが首の骨折れるくらい激しく同意した部分をメモしておこうと思います。

 

 

 

ほんの一瞬の幸せじゃなく、小さくてもずっと感じていられる確かな幸せを探し求めてきたはずなのに、私はまだ見つけていない。心配ごとがいつかすべてなくなる日なんて来るのだろうか。どうして私は、いつでも不満なことがあるのだろう。課題がいつも視界を塞いでいる。ちょうど目の高さに掲げられた真正面のカードをにらみ続けている。一本足のカード台に載せられたそのカードは名刺くらいの大きさで、語尾にクエスチョンマークつきの短い問いが書いてある。答えを解いてそのカードが引き抜かれても、後ろからまた新しいカードが出てきて、またすぐ問題を解決しなきゃいけない。

問題が解けて嬉しいのは、古いカードがひっこみ新しいカードが見えるまでの、ほんの一瞬だけ。

いつかカードが尽きて本当のゴールにたどりつける日が来る、これだけ努力したんだから来ないと許さない、押し付けがましい希望を持ちつつ、解き続けている。けれど根本的に生き方を変えないと、いつか破綻してしまうだろう。本当はカードが尽きる日なんてないことにうすうす気づき始めている。

 

 

これを読んだあと、たまたまオードリー若林さんの著書をチラッと読んだんです。相方のことについて書いてあるんですけど。オードリーが芸人として全然売れなくて、風呂なしのアパートで三十路を迎えようとしていた時も、M-1でテレビに出て売れて稼ぐようになってからも、それでも仕事はいつ減るか分からないと若林さんが焦っていた時も、春日さんのほうはいつでも幸せ度が同じなんですって。若林さんがこのままじゃまずいって相当追い詰められている時に、春日さんは横でゲームをしていたり、後輩と騒いでいたり、ただ今が楽しいというだけの理由でいつでも同じだけの幸せを感じているんだそうです。悪く言えば「向上心が皆無」、良く言えば「その日その日を楽しく前向きに生きている」。若林さんは(というか大抵の人は)今が充実しているならそれを維持したいし、もしくは今よりもっと良い生活を送りたいって気持ちからいろいろ改善したり努力したりするけれど、春日さんにはそれが一切通用しなかったみたいです。

 

そういう人をみてると確かに、自分にはどうして次から次へと課題が突きつけられているように感じるんだろう、どうしていつまでたっても満足できないんだろう、どうして自分で自分を縛ってまで努力しなきゃならないんだろうって考えちゃうんですよね。わたしは我儘なんでしょうか?ひねくれてるんでしょうか?不器用なんでしょうか?いつだって「余裕のある生活」がしたいのに、いつになってもそれを手に入れられない気がする。そもそも「余裕」って何かをうまく説明もできない。そんなもの本人のさじ加減でどうにでもなるのかもしれないけれど、ずっと追いかけている。この気持ち悪さ、生きづらさはいつまで続くんでしょうか・・・

 

 

 

「ううん、多田くんはなにも悪くなくて。自分が根本的に人を必要としていないことがショックだったの。人と一緒にいるのは楽しい。気の合う人だったり、好きな人ならなおさら。でも私にとっての自然体は、あくまで独りで行動している時で、なのに孤独に心はゆっくり蝕まれていって。その矛盾が情けなくて
「オレンジジュースを飲まないと死んでしまう人はいますか?」
「めったにいない」
「水を飲まないと死んでしまう人はいますか?」
「人間はみんなそうだよ」
「では、オレンジジュースが好きな人はいますか?」
「いっぱいいる」
「そうです。根本的に必要じゃなくても、生活にあるとうれしい存在はたくさんあるんです。というか、私たちはそういうものばかりに取り囲まれて生きていますよ。根本的に、なんて思いつめなくていい。多田さんに優しくして、彼が疲れているときは寄り添い、暗いときは何気無い会話でリラックスさせてあげなさい。彼の喜ぶ顔が見られたらうれしい、そんなささやかな実感が、愛です。相手の心に自分の居場所を作るのは楽しいですよ。大丈夫、あなたならできます。」

 

 

主人公が、久しぶりにできた恋人とギクシャクしてしまい凹んでいる時に、アドバイスを受けるワンシーンです。「根本的に必要じゃなくても、生活にあるとうれしい存在」を、わたしもいつか見つけたいし、誰かにとってそういう存在でありたいな、と思いました。それくらいの感覚でお互いを思える相手って、なんかすごく理想。

 

ちなみに、この最強の香りがするアドバイザーはいったい誰なの!?って気になった方は是非、小説を読んでみてください!なかなか興味深いですよ。

 

 

 

 

 

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