斜め上からナスコ

言わなくてもいいことを言いたい

仕事を仕事と思えるようになったのは、いつからだっただろう

 

 

前回に続き。ユ◯クロバイトの話。

 

 

 

同じ日に面接をしたD君とまともに会話をしたのは、開店前清掃の担当エリアが同じになった日だった。

 


D君は大学を中退したてのフリーターで、今コンビニバイトと掛け持ちでここに入ったらしい。歳下だ。職場や周りに歳下が増えてきたことにまだ慣れていない自分がいる。あと何年かすればきっと何も感じなくなるのだろうけど、今は「自分が周りより歳上になっていくことを自覚し始める転換点の年齢」だから、同じ面接を受けている人の履歴書をチラ見しては「うわ、歳下か」とプチショックを受ける。

 

 


わたしは短期のバイトだが、彼は長期で応募したらしく、売り場に立って客対応をしていることが多い。朝清掃で彼と顔を合わせるのは珍しい気がした。

 

朝の清掃の時間はまだ出勤している人も少なく、静かな店内を黙々と掃除する。わたしはその時間が何気に一番好きだ。わたしが人知れず楽しんでいるその空気をぶち壊す如く彼は突然話しかけてきた。


「この仕事、けっこう大変っすよね…」


短期バイトのわたしに個人的な会話を持ち掛けてくるようなスタッフはほとんどいなかったので、一瞬、誰に話しかけているのかと思ったが、ここにはわたしとD君しかいない。ふと顔を上げると、やはりD君はこちらを見ていた。もう一瞬 間が空いていたら、たちまち変な空気になっていただろうが、なんとかそれだけは避けられた。適当に同意して会話を始める。しかしこの心の呟きとも取れるD君の言葉だが、取っ掛かりとしての一言なのかと思いきや、よくよく話を聞いてみるとしっかり本音を言っていようだった。


「いや〜、こんなにキツいと思わなかったっす。思ってた感じと違うっていうか…」


面接の時からヘタレの匂いがしたけれど、やっぱりこの感じは本物のヘタレかもしれない。わたしは最近、人を見る目がついてきた(笑)わたしはこのヘタレ臭のフリーターに、よっぽど「そうですかねぇ?まぁ仕事なんてもんは大概こんな感じでしょう」と返したいところだったが、ファーストコンタクトがそれではあまりに印象が悪すぎるのでとりあえず適当に相槌を打つ。


確認はしなかったが、どうやら向こうもわたしが同じ日に面接を受けた人間だということを認識しているらしい。だからおそらく、他のスタッフには言えないようなことでも、同じタイミングで入った短期バイトには漏らしやすいのだろう。

 

それにしても、なにがそんなにキツいのか、やはりわたしにはよくわからなかった。この仕事が特段体力的にキツいという印象はなかった。わたしが難なくこなせているのだから、二十歳前後の男子にとって体力的にキツいわけがない。かといって精神的にキツいとも思わない。女性スタッフ達は、サバサバした仕事デキる系のお姉様が多いので、確かに一見冷たいようにも見える。でもだからといって意地が悪い人や嫌な性格な人はいない。みんな仕事ができて、普通に良い人たちだ。それに女のわたしはともかく、若い男子なら女職場では有利なはずだ。上手くやればチヤホヤされて、ちょっとしたやらかしは愛嬌で許してもらえる。まぁ、そこまで行くには結構な努力と天性が必要だと思うが。

 

経歴こそヘタレのニオイがするD君だが、容姿は細身の長身で顔も小さく、竹内涼真を少し水で薄めたような雰囲気の漂う今どきの爽やか系男子だ。わたしのタイプではない(誰も興味無い)。「大学時代はラクロスサークルでブイブイ言わせてただろうね部門」年間ランキング1位の容姿である(意味不明)。精神力が弱そうにも見えない。頑張れば「チヤホヤされる系」の座を獲得できそうなのに。一体なにがキツいのだろうか。首を傾げることしかできない。

 

 

 

「なんか、全然喋れないですよね〜」


次のD君の言葉がまた引っかかった。「喋れない」とはどういう意味だろう。バックヤードで黙々と品出しをしているわたしがそれを言うならともかく、客対応をするにもスタッフと連携するにも、コミュニケーションは不可欠なのだから、D君のほうが断然喋っているはずだ。あぁとか、へぇとか言って返答に困っているわたしをよそに、D君は1人で喋り続けている。


「なんか、みんな真面目っぽくて喋れる雰囲気じゃないっすよ…」


あ、スタッフ?スタッフたちともっと和気あいあいと喋りたいってこと?なるほど……。ついこの間まで大学生だっただけのことはある。そういうことか。彼がキツいと言う理由の核心部分が、なんとなく分かった気がした。


正直ここのスタッフさんたちがとりわけ真面目であるとか、職場の空気が重いとか、そんなことは決してない。みんな合間に世間話をしているし、お昼なに食べようね〜とかそんなことだって話している。確かにスタッフ陣の性別や年齢層などからすると、若い男子にとって話の合う人間は少ないかもしれない。だけどここは職場だから、そんなものだ。自分次第でどうにでもなる。そもそもみんな仕事をしているのだから、そうペチャクチャお喋りなんてしない。普通の社会人からしたらそこは全く気になるポイントではない。ひょっとしたら彼は、自分はまだ歳も若いし新人だから、もっとフレンドリーに接してもらえる、手厚く優しくしてもらえるとでも思っていたのだろうか。サークルの延長じゃないぞと内心で叱咤するが、なにを偉そうなこと言ってんだ、ともう1人の自分が笑った。


「まぁでも、まだ1ヶ月も経ってないですからね。慣れるまでは大変だと思いますけど、頑張ってください!」


と、わたしは言った。同じタイミングで入った人間が掛ける言葉ではない。なんだその上から目線は。だけど一応年齢的には先輩だし、「どんな仕事も慣れるまでは大変だけど、それを乗り越えてからが楽しい」これは事実だから言っておきたかった。このヘタレ青年の背中を軽く叩いてやりたいくらいだ。

 

 

 

それから1週間ほど経った。わたしはいつものようにバックヤードで黙々と商品の梱包を剥がす作業をしていた。近くにいた何人かのスタッフさんたちが喋りはじめた。

 

 

「昨日 電車乗ったらさ、D君にすごい似てる人見たよ」


「へぇーそうなんだ!彼、何線だっけ?」


「〇〇線。だからたぶんD君だったと思う」


「早かったねー来なくなるの」


「ね。来なくなる子は大体、最初の3ヶ月だよね」


「そうだねー、D君、1ヶ月もたなかったね」


「キツかったのかなー。慣れれば楽しいんだけどね」


「わたしなんて最初の頃、怒られまくっててさぁ〜!辞めたかったわ〜(笑)」

 


思わず、「えっD君来てないんですか!?」と身を乗り出しそうになった。確かにここ数日D君の姿を見ていなかったが、シフトの兼ね合いで会わないだけだと思っていた。でもどうやらD君はもうしばらく来ていないらしい。いくらヘタレでも、まさか無断で来なくなるような子だとは思わなかった。ちょっと寂しかった。

 

 

 

昨日、Twitterで話題になっていた記事を読んだ。たまたまこれも、ユニクロに就職した若い男の子の話を綴っている。

 

 

D君を思い出した。

仕事のことそんなに語れるほど社会人歴長くないけど、仕事って、難しいのな……。

D君、強く生きろよ……。