斜め上からナスコ

言わなくてもいいことを言いたい

笑いに金を出す

 

 

 

昨年12月から年明け1月くらいにかけて、本当に小さなしんどい出来事が幾つか重なって、メンタルのバランスを崩した。

 

幼稚園の時からの幼馴染が躁鬱なんだけど、年末に彼女の飼い犬が死んだことがきっかけとなってその躁鬱の症状が悪化してしまった。彼女も私も同じ都内に住んでいるのだけど、お互いアクセスが不便なところに居るもんだからそうそう滅多に会える訳では無い。でもこういう時こそ一緒に居てあげたいという気持ちで、結構な頻度で会っては夜な夜な喋った。泣きながら喋ったこともあったし、時々は電話もした。でもその都度、私は大事なことを忘れていた。まず私自身の精神状態は根っから健康そのものであること。それから、精神疾患を患う前の彼女と今の彼女は違っててもしょうがないということだ。健康な自分と彼女を比べたり、前の彼女と今の彼女を比べたり、辛い感情から引き戻そしてあげたい一心で無理やり手を引っ張ったりなんて、絶対にしちゃいけなかったのに。彼女がどんなにお門違いなことを言っても、これを言わせてるのは脳の病気であって、彼女自身ではないということを自分に言い聞かせないまま彼女と深く関わることは、丸裸で戦場に飛び出るくらい無謀だった。だから、いくら仲の良い幼馴染と言えど、あまりに多くの時間を一緒に過ごしたことでかなり消耗した。そして知らないうちに沢山傷ついてしまった。彼女自身は悪くないのに彼女を責めたくなる気持ちと、それ以上に痛感する自分の無力さ不甲斐なさに毎度疲弊させられた。今はしばらく彼女と連絡を取れていない。こちらから連絡するのをやめた。やはり自分は薄情な人間なのかもしれないとも思う。

 

ふたつめは かなりしょうもないが、結構好きだった上司が、くだらない痴情のもつれの中心人物だったことを聞いてしまったこと。仕事はできる人だけど人間性がオワっており、こと色恋沙汰となると精神年齢が中学生並だということが発覚した。非常なショックを受けた。というか、心底がっかりしたという表現のほうが合っている気がする。私は何も関与していないし、何か害を被ったわけではないのだから正直どうでもいい、と思うようにしている。ただ信頼を失ったというだけの話。

 

そしてもうひとつは、“好きな人”という存在を失ったこと。2年くらい前からずっと好きで居続けた人がいたのだけれど、突然好きになれなくなった。きっかけが分からないんだけど、たぶん本当にちょっとしたことなんだと思う。蛙化現象という言葉もあるけれど、それともなんか違う気がする。おそらく今まで私に見えていた彼の姿があまりにも彼の輪郭でしかなかったということなんだろう。過大評価していたのかもしれない。私なりにゆっくり時間をかけて距離を縮めていく過程で、「ん?」ポイントとか「違うなぁ」ポイントが徐々に貯まっていき、最終的にポイントが満点に達して、「無し」と交換されたんだと思う。唐突に、夢中になれる存在が消えてしまった。元気をなくした。


その間に、身近なところで2人の人が立て続けに亡くなった。そのうちの1人はかなり突然だった。

 

それでも私の生活は淡々と続く。早番の仕事をしているので、冬のあいだ毎日まだ暗いなか起きて家を出なければならず、その後15時頃まで日光を浴びることができないという生活だ。それもまたストレスの原因になっていたかもしれない。仕事を変えようか悩んだこともあったが、アパートの更新という大出費を控えたこの時期に転職という選択肢はない。追い打ちをかけるようにスマホの画面に大きくヒビが入り、不幸感に拍車がかかる。年齢的なこともあってかPMSが度を増して酷くなり、今まで飲んでいた鎮痛剤が効かなくなった。

 

ストレスはピークを迎えていた。グラグラとバランスを崩しながら迎えた1月末、28歳になったばかりの私は突如足を滑らせ、沼に落ちた。されるがままで少しずつ体が沼底に沈んでいき、気づけば5月。今や肩までしっかり沼に浸かっている。

 

ストレスの絶頂期のある時点で、いま1人で家にいるのは良くないと思った。休みの日に外出するのは少々面倒ではあるが、一旦実家でゆっくり過ごそうと思い、週末の予定を立てていた時、ふとあることを思いついた。

久しぶりに、お笑いライブでも行こうかな。芸人さんのネタを生で見て、思いっきり笑ってスッキリして、その温泉でも入って、美味しいご飯食べよう。

 

調べてみたら、ずっと気になっていたマユリカが出演するライブが、幕張のイオンモール内の劇場であるという。幕張ちょっと遠いけど、行ってみたかったし遠出もいいか。千葉のあの辺は土地が広くてなおかつ人が少ないので好きだ。(言い方)

そのあと温泉でも入りたいなと思って探していたら、新習志野駅前に温泉施設を見つけた。電車移動なので駅前温泉はとても助かる。しかもカプセル付き(キャビンとも言う)。よし、こうなったら宿泊しちゃおう。翌朝はダイチャリを走らせて海の方まで行ってみよう。千葉は土地が広くて人が少ないのにも関わらず、程よく便利なので大好きだ。(褒めています)

 

ふと思い立って計画したこの幕張ひとり小旅行が予想以上に、それはもう信じられないくらい楽しかった。なによりも劇場の前から2列目の席で目の前に見た生の芸人の姿に、完全にやられてしまった。マユリカにというより、出ていた全ての芸人と、その空間そのものにだ。

 

お笑いライブは過去に何度か行ったことはあるが、基本的には目当ての芸人さんがいてその人を見るためだけに行っていた。しかももっとキャパの大きな会場だったり、ルミネの後列の方だったりしか行ったことがなかったので、あれほど近くでネタを見れることに素直に感動してしまった。なんで今までこの楽しさを知らなかったのか。一体これまで私は何をしていたんだ。この良さも知らずにお笑い好きを自称していただなんて。

 

マユリカは確かに、圧倒的に存在感を放っていた。2人とも思っていたより身体がデカくて、不思議な華があった。お馴染みのあの衣装も天才的に輝いていた。こりゃ人気が出るわけだ。阪本のダッシュの登場、白目と不振な挙動、中年女性を演じる中谷の唯一無二の発声、マユリカマユリカたらしめているもの全てを浴びた。

 

腹から発せられる芸人さんの生の声、 他のお客さんの生の笑い声や拍手に包まれながら、日常を忘れて遠慮なく大口を開けて笑える空間!マイク1本で人を笑わせて、それで飯を食う。やっぱり漫才ってすごい。改めてお笑いの良さを見せつけられた。特定の好きな芸人さんを追いかけるというよりも、ただ劇場でお笑いを見るということ。芸人とネタを見るために、芸人の生き様を生で味わうために、ただただ笑うために、金を出す!なんて素晴らしい消費なんだろうか!ボロボロになっていた私にとって、この空間は強烈なクスリとなった。

 

このクスリの覚醒作用を知ってしまった私は、その晩さっそく新習志野駅前の某温泉施設のキャビンの中で黙々とスマホに向かい、翌月の劇場公演のスケジュールをチェックした。そして、とにかく都合のつく日のチケットを端から買いまくった。

 

新宿ルミネ、渋谷無限大ホール、無限大ドーム、大宮ラクーン、そしてイオンモール幕張。よしもと以外の事務所ライブなどは主に新宿や高円寺。首都圏内の劇場に足繁く通い始めた。このとき、仕事が早番のことがプラスに転じた。仕事終わり急いで電車に飛び乗れば、渋谷の16時の午後ライブ(シブゴゴ)にギリギリ間に合うことが分かった。もうこの仕事は辞めない。有給休暇とシフトの希望休を最大限に駆使して、行きたいライブをできる限り全て抑えた。よしもとの毎度のライブ前に流れるVTRで『プレミアムメンバーに入ろう〜♪』と歌う野田クリスタルの洗脳を受け、プレミアムメンバーにもなった。ほんの少しは抽選に当たりやすくなった(?)かもしれない、くらい手応えしか今のところはないが、やめるつもりはない。月額330円はもはやただの寄付である。

 

あるとき見に行った無限大の午後ライブで、MCをしていたダイタクに目がとまった。ダイタクは私が学生の時には既に有名だったから存在はもちろん知っていたけれど、[劇場に通っている人が好きな芸人]というイメージしか持っていなかった。無限大や大宮には[劇場の人気者]という雰囲気の芸人(私が個人的にそう呼んでいる)が沢山いる。メディアに出ることは少ないが根強いファンが一定数いて、日々ひたすら舞台に立つ“売れている”芸人たちのことだ。それまで私は彼らに正直あまり関心がなかった。なんて視野が狭かったのだろうと思う。テレビに出て知名度が上がることが必ずしも“売れる”ということではない。例えばテレビや映画で活躍する名の知れた俳優と、ほとんど名は知られていないものの舞台を活躍の場とする俳優とは全く別物であり、その両者とも俳優業を成功させているのと同じように、芸人の売れ方にも種類があって、劇場で面白い人がテレビで売れていくかと言うとそれは全く別問題だ。劇場というのは、テレビで売れたいと願う芸人たちが順番待ちをする地下室などでは決してない。劇場には劇場の、劇場だからこそ輝く面白い芸人さん達が山ほどいることを身をもって知った。そんなことも知ろうとしていなかった私は、本当にずっと損をしていた。ミーハーにも程がある。自分がすごく恥ずかしくなった。


ダイタクの漫才は、ややウケだったことがない。初めて見ても、何度も見ても、ブレない面白さ。今までもこれからもずっと面白いんだろうなこの人たちは、と思う。そしてかなりストイックに、他の芸人を巻き込みながらネタライブやトークライブを開催している。単独ライブのチケットも倍率が高く、手に入れるのは難しい。

 

アイロンヘッド、サンシャイン、キンボシ、やさしいズヤーレンズジグザグジギー、カナメストーン、9番街レトロ、ケビンス... コンビ名こそ知っていたけれど個人名もネタも知らなかった芸人さんたちに、次から次へとハマった。みんな楽しそうにネタをやっている、ネタをとにかく愛している、時に歯を食いしばり命を懸けてお笑いをやっている、とにかく本当に楽しそうに生きている。何よりもその事が生で伝わってくる感覚がたまらない。舞台上の彼らを間近で見ている間、私の幸せホルモンはドバドバ出続ける。

 

だけどこれはまだまだ触りの部分に過ぎない。気になっている芸人さんや定期ライブがもっともっと沢山ある。今となっては、一体どこからそんな金が沸いてくると思っているんだ?というくらいチケットを買っている。アパートの更新がなんだ、もうどうだっていい。私はもう28歳をお笑いに全振りする。いやもう残りの20代をこのクスリに……。

 

その決意のもと、この5ヶ月を過ごした。あっという間に過ぎてしまった。もともとお笑いが好きな人生だったけれど、まだまだ奥行がずっと向こうまである。劇場でお笑いを見るという私の中の新章。夢中になれることがあると、大抵のしんどい事はどうでもよくなった。忘れさせてくれる。それが果たして本当の解決策なのかどうかは分からないけど、今は気が済むまでこの沼に浸かっておこうと思う。自分の性格上、死ぬまでこの沼に浸かりっぱなしになることはできないと分かっている。きっとどこかでこの熱が冷める時が必ず来るのだが、その時までは暫くの間、何も考えずにここに居よう。

 

明日は大宮だ!