斜め上からナスコ

言わなくてもいいことを言いたい

少年ハライチ

 

 

 

 

もうハライチはM-1に出ないと思った3年前。

ハライチはもう、M-1にこだわるのはやめたのかもしれないと思った。

 

 

そのときの気持ちはここに綴っている

 

 

 

初出場以来、若くして知名度が全国区になったハライチ。ハライチといえばノリボケ漫才ー左のおかっぱ頭が発した支離滅裂なワードに、右の坊主頭が小芝居を交えた半ギレでツッコむーという独自スタイルを完全に世に知らしめた。このスタイルではもうM-1で勝てない、でも世間の求めるハライチ像は未だそこにあって、自分がやりたい新しいスタイルはなかなか世間に浸透しない。自らが築き上げた革新的な漫才が、まさにそれが、皮肉なことに今自らの行手を阻んでいる。もうM-1にこだわらなくてもいい、ライブにお客さんが集まればいい、お客さんが喜んでくれる漫才をすればいいと思うこともできただろう。だけどハライチは最後までM-1にこだわり続けてくれた。そのこだわりをちゃんと形にして、決勝までいくことができる意地と実力には目を見張るものがある。しかも新しいスタイルで勝負に出た。出場することができる最後のM-1でだ。今までとは180度違う、正反対のようなネタを持って来た。ここ数年ハライチを追ってきたファンでさえ、どこにそんなもの隠し持ってたんだよ、と度肝を抜かれるような超斬新なネタをだ。今までは澤部の隣で表情姿勢を1ミリも変えずボソっとボケていたあの華奢な男が、同じ人物とは思えないくらいの躍動感で舞台を大きく使って飛び回り、叫び声を上げ、澤部に殴りかかる。その姿は、あるツイートの言葉を借りれば「この15年が全て振りだったのではないか」とさえ思わせた。

 

 

 

まず澤部のやりたいことを、岩井が全力で否定する。澤部は腹いせに、岩井のやりたいことを同じように否定してみせる。ところが、いざ自分が否定されると、イラついて舞台上で地団駄を踏み、顔を歪ませながら駄々を捏ねる岩井の姿は信じられないくらい面白い。ちゃんとした大人が大人げない姿を晒す姿はなぜこんなに面白いのか。相手の意見には簡単に同意しないくせに、自分が言ったことを否定されるとすぐにカチンと来てしまうという、人間の本質を俯瞰的にとらえて揶揄しているようにさえ見えた。そしてあのネタには、作成者である岩井の本質があるように見えたのだ。もちろん、彼がキレやすい人間だと言いたいのではない。

 

 

 

岩井の魅力は少年性にあると私はずっと思っている。岩井は一見クールで、冷静沈着に物事を見つめ、世間や人々を常に俯瞰で見ているひねくれた男というイメージを持たれがちだけれど、彼はむしろとてもピュアな人だと思う。もっと言うと、少年の心を忘れていない。「子供は正直」とよく言うように、子供は疑問に思ったことをすぐに聞くし、それが周りを気まずい空気にさせるかどうかなど気にすることなく発言する。忖度はしないし空気も読まない。でもそこになんの悪気もない。大人になると自然にその感覚は忘れていく。と言うより、その感覚を忘れることを「大人になる」と言うのかもしれない。「思っても言わないのが大人」「駄々を捏ねたくても我慢するのが大人」だ。けれども、岩井の中にはまだ少年の心が残っている。その少年性が彼を突き動かしている。相手の言うことに反論したくなる、意地悪されたらやり返したくなる、相手に受け入れて貰えないと地団駄を踏む、この構図は岩井の中にある少年性を全面に出したようなネタに感じられた。やり返す澤部と泣き叫ぶ岩井は、少年そのものだったのだ。「子供っぽい」のではなく、子供心を忘れていないのだ。その心こそが、見る人に子供心を思い出させ、時に共感させ、時に呆れさせ、笑わせる。彼らのように、内にある少年の心を形にして表現できる人こそ、芸人という生き方が天職なのだろうと思う。

 

 

 

誰もが思っても「言いづらいから言わないこと」を平然と言ってのける姿がカッコいい。好きなものは好きと言い、嫌いなものに嫌いと言える潔さがカッコいい。それはひねくれているのではなくて、嘘のない誠実さの現れではないか。もちろんそのことに初めから気づいていた人はたくさんいるはずだ。彼が同業の先輩から可愛がられる所以でもあるだろう。でもここ数年でハライチ岩井のそんな本質的な魅力が、自分も含め世間にどんどん浸透してきているのを感じている。

 

 

 

ラストイヤーのM-1決勝の舞台で、そこに少年を見た。文字通り暴れ回る岩井と静止する澤部の構図は、個人的には大逆転の大優勝だった。これによってさらにハライチの魅力が、しかも12年前のそれとは180度 姿を変えたハライチの魅力が、世間に知れ渡ったはずだ。

 

 

 

若き日の栄光に囚われず、進化を続けているハライチ。もう一度M-1の決勝で、そのハライチの姿を見たいというファンの願いを叶えてくれて、しかも自分たちがやりたかった漫才を正々堂々とぶつけてきてくれた最高にカッコいいハライチ、暫定ボックスから降りる時の2人の無邪気な笑顔が忘れられない2021年のM-1グランプリになった。

 

 

ハライチ、お疲れ様でした!!!
ありがとうございました。